1978年の最長片道切符の旅  第2日 北見→中標津 2004/05/01

前書き

この日の朝は時間に余裕があったので、ホテルで朝食をとった。8時半頃ホテルをチェックアウトして駅に向かう。

本編

北見(9:20)→池田(11:42) 702D 快速[銀河] 北海道ちほく高原鉄道(池北線代替)

駅に着くとまずやるべきことは、今度乗るちほく高原鉄道の切符を買うことだ。当然、周遊きっぷは使うことはできない。自動券売機があるのだが千円札しか使えない。あいにく千円札の持ち合わせがなかったので、みどりの窓口で切符を買う。券面には「(ち)北見→(ち)池田」と書かれていた。

改札口には長蛇の列ができていた。旭川行きの特快[きたみ]と、私が乗る帯広行きの快速[銀河]が同時に改札を始めるということで、それを待つ人が50人くらいはいただろうか。ほとんどの人がきたみに乗ると思っていたのだが、いざ改札が始まってみると銀河が待つホームに向かう人が案外多い。私が列車に乗ったときには誰も座っていないボックスシートは空いていない状況だったので、ロングシートに座る。当然なのか1両編成。

実はこの列車は昨年の夏にも乗っている。あのときは足寄で下車したのだが、それでも北見から1時間半くらいこの列車に乗ったことになる。そのときの経験から、訓子府、置戸あたりでこぞって降りるだろうと思っていたのだが、その予想は外れた。むしろ乗ってくる人のほうが多かった。そういった混雑している状況にも関わらず、ボックスシートを占有せんとばかりに座席に荷物を置いている人がいて、見かねて注意したのだが、思わぬ反抗を受け、結局彼は荷物をどかしたのだが、不愉快な気分がこちらには残った。

廃止も取りざたされるちほく高原鉄道だが、北見と帯広を結ぶ路線、といった点をもっと際だたすことができれば、生き残りの道のあるのではないだろうか。他の第三セクター鉄道の涙ぐましいほどの営業努力と比べると、ちほく高原鉄道にはPR不足な印象を受ける。私自身、二回しか乗ったことがないので大きなことは言えないが、廃止する以前にやれることはいろいろあるように感じた。

地味な路線と片づけられる池北線ではあるが、陸別から足寄までの利別川に沿って走る区間は、個人的な好きな風景がつながっている。雪どけ水を含んでいるからか、川の水量は見た感じでは多かった。

足寄で降りる人は思ったよりも多かったが、乗る人も多かった。この時間であれば帯広に行く人の需要が大きいだろう。次に停車するのが本別で、ここで降りる人も多かった。足寄で乗って本別で降りる人もいた。

勇足、高島を経て、池田に到着。この列車はJR根室本線に乗り入れて帯広へと向かうが、私は帯広と逆の方向に行くのでここで下車する。半分弱の人が池田で降りた。車両の先頭部で切符を渡し、代わりに精算済証明書をもらう。ふるさと銀河線沿線の名産品が抽選で貰える応募券がついているのだが、正直、何だかなぁと思うのであった。

池田(11:52)→釧路(13:03) 4003D 特急[スーパーおおぞら3号]

池田から特急で釧路まで行く。禁煙車自由席に空きがあったのでそこに座る。座れたので車内販売で弁当を買って食べる。豚丼しかないようだっったので、それを買った。750円。今日は10両編成で運行しているとのことだった。

弁当を食べ終わると、「原典」を読みつつ車窓の風景に目をやる。本に書かれている通りに風景が展開していくので、かなり感心させられてしまった。書くことを意識して乗ったとしても何十回も乗らないとこの文章を書けないと思う。過去に数回は乗っていると思われるが、毎回意識して乗っているわけではないだろうし、これはもう感嘆するほかない。

途中どこかの信号場で特急とすれ違う。あとはノンストップで白糠に到着。それほど降りる客はいなかった。駅から少し進んだところに漁船がかたまっていたのが印象的だった。大楽毛で製紙工場のもくもくが見えると、もうすぐ終点釧路である。

釧路(13:09)→厚床(14:42) 5635D

長い編成のいちばん後ろのほうに乗っていたので、ホームをくぐる階段へは遠い。次の列車への乗り換えには相当遅れをとってしまった。改札に向かう人をかきわけ、次に乗る花咲線のホームへと急ぐ。既に席が埋まっているようで、立っている人が何人かいた。本当は席が空いているのかもしれないが、車両の中のほうを検分せず、デッキの後ろのほうによりかかっていくことにした。スーパーおおぞらの車内誌には「釧路−根室間を走る花咲線の1両ディーゼルカー。乗る者のこころを、やさしくしてくれる」と書いてあったが、この状況ではこころをやさしくしてはくれないだろう。仕方がないので、若者の真似をして台状になっている部分に腰掛けて足をぶらぶらさせた。

花咲線に乗るのは6年ぶりだが、そのときのことはもう忘れてしまった。だから、初めて乗るようなものである。別保は釧路町の町役場があるところだが、意外に小さな集落であった。あとは厚岸まで人家が少ない場所を走る。それでも、途中の小駅ではポツリポツリと人が降りていった。

厚岸で大量下車があり、まともな座席に座る。乗る人は部活帰りだと思われる高校生が多かった。厚岸も機会があれば訪れたい場所ではあるが、今回は素通りで海を垣間見るだけで終わった。

厚岸を過ぎると湿地帯を進んでいく。釧路湿原が有名だが、釧路の周辺は湿地が至る所に広がっている。茶内で降りる人は多かったが、町名を冠した浜中で降りる人は少なかった。根室市に入り、厚床で下車。私の他に数人が下車した。

厚床(15:40)→中標津バスターミナル(16:40) 根室交通(標津線代替)

厚床からは中標津行きのバスに乗るのだが、約1時間待たされる。厚床で根室方面から来た列車と交換するので、どちらから来ても1時間待たされることになる。JRとバスとの接続は考慮されていないようだ。もっともこれまでいそがしく乗り継ぎをしてきたので、いい気分転換にはなった。厚床の名物にほたて弁当というものがあって、近くの商店に売っているというので買いにいったが売り切れだった。是が非でも欲しいわけではなかったので、特にがっかりはしない。

そういう厚床自体に用事があった人か物好きしか乗らないようなバスなので、厚床からの乗客は私一人だけだった。貸し切り状態のバスは国道243号線を北上していく。大規模な牧場が広がる北海道らしい風景が広がる。国道233号線と234号線の交点が奥行臼で、わずかに人家があった。奥行臼駅の駅舎は町の指定文化財となっているそうである。ここで少し遅れていた根室からきた中標津空港行きのバスに抜かされる。

さらに北上し、西別川を渡ると別海市街に入る。別海バス停は別海町交流館という建物が待合所になっていた。ここで二人乗車。さらに別海市街で何人か乗って、貸切状態から脱却した。

別海を過ぎると上春別が少し人家がまとまっているだけで、あとはずっと緑が続く。それが国道272号線と交わったあたりで、急に新興住宅地のような風景になり、びっくりしてしまった。そこから始まる中標津市街は、このあたりの中核都市と言ってもいい街並みが広がっていた。冷静に振り返るとあれくらいの規模の街は全国至るところにあるのだが、あの場所にあれだけの規模の街があることに感慨を覚えずにはいられなかったのである。

かつて中標津駅があった中標津バスターミナルで下車する。ここが終点である。ここから標茶、標津方面のバスに乗り換えることができる。

後書き

今日は中標津に泊まる。泊まったホテルは宿泊客が2人しかいなかった。電話で予約したときの嬉しそうな応対は、2人目の客に対してのものだったのかもしれない。


初出 : 2004/05/27
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