1978年の最長片道切符の旅  第7日 函館→好摩 2004/05/30

前書き

函館と言えば朝市。そこにある食堂で朝ご飯を食べる。玉子焼きにハラスに岩のりが入ったみそ汁にごはんというもの。食堂の人も親切でよい朝ご飯だった。

本編

函館(7:04)→七重浜(7:14) 120D(青函連絡船代替)

船で青森まで渡りたいのだが、函館駅からフェリーが出航する港までは遠いので、そこまで行くためにJRに乗ることにする。そういうわけで、あくまでも青函連絡船代替のJRへの乗車と定義づける。

江差行の普通列車に乗る。すぐ降りるので前のロングシートに座った。1両編成。乗客は十数人くらいか。五稜郭からは七人が乗車。それなりに利用客はいるものだ。その次の七重浜で降りる。降りたのは私ともう一人。

函館(9:40)→青森(13:20) 16便 東日本フェリー(青函連絡船代替)

七重浜駅から歩いて函館港に向かう。予定では青函フェリーの8時10分発の便に乗る予定だった。ところが、函館港に着いても青函フェリーの窓口がない。もしやと思って電話で問い合わせたら、なんと青函フェリーの埠頭は違う場所にあるということだった。しいていえば最寄り駅は五稜郭駅のようだ。函館港といえばここしかないと思いこんでいたのが失敗だった。仕方がないので、ここから出航する東日本フェリーの9時40分発の便に乗ることにした。

PDAでインターネットをしたり、待合室のテレビを見たりして時間をつぶす。8時半の少し前に受付が始まり、9時20分頃に船に乗り込んだ。それにしても客は少ない。会社更生法の適用を申請した東日本フェリーだが、そういう厳しい状況を象徴したような船内の閑散ぶりだった。

9時47分頃に出航。船内をうろついてみると、なんとレストランが営業していた。客は一人しかいなかった。たまに外に出て海原を見たりもしたが、だいたいの時間を桟敷席でごろごろとして費やした。函館と青森の近くを除けば、陸地はぼんやりとしか見えない。やはり、寝ている客が多い。子供も乗っていたが、おとなしくカードゲームをしていた。

青森港には定刻より10分くらい遅れて着いた。港から駅までタクシーに乗ることも考えたが、天気もいいので歩くことにする。駅に着いて、ホームでそばを食べた。

青森(14:49)→八戸(15:51) 1022M 特急[白鳥22号]

次に乗るのは特急[白鳥]は函館始発である。客をかなり乗せた状態で青森駅に到着したが、ほとんどの人が降りていった。ほぼ無人の車内にぞろぞろと人が乗り込む。青森で進行方向が変わるので椅子を回転する。この椅子、回転しようとする方向の違う椅子の背もたれが倒れていると、引っかかって回転しないのであった。8両編成で、禁煙自由席の3号車に乗る。

船上で海を散々見てきたので山側に座ることにする。それでも、浅虫温泉を過ぎて左手に海が見えたときには、思わず目をやってしまう。野辺地では大湊からの列車に接続していたからか、ホームでこの列車を待っている人が大勢いた。それでもこの車両にはそれほど乗ってこない。指定席券を準備していた人が多いようだ。

野辺地を出ると森の中に列車が入っていく。それにしても速い。100Km弱を1時間ちょっとで駆け抜けるのだから、速いのだ。ちょっと速すぎるような気もする。野辺地から18分で三沢に到着。ここで降りる人はけっこういて、乗る人もいた。古牧温泉の袋を持った親子が乗ってきた。

しばらくすると観覧車が見えた。こんなところに遊園地?と思っていたが、これはイオン下田ショッピングセンターの観覧車だった。近くを流れる奥入瀬川は十和田湖を源流とする。左手の観覧車が視界から消えてしばらくすると、今度は右手に工事中の東北新幹線が見える。あれが完成すると、今乗っている特急列車はこの区間を走らなくなるのだろう。山が開けると、遠くに向こうに八戸の街が見える。すると、八戸到着のアナウンスが流れた。あれ、青森からここまで車内改札は一度もなし。

八戸(16:11)→好摩(17:41) 4534M 青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道(東北本線代替)

八戸では一回改札を出て、好摩までの切符を買う。八戸から盛岡までは東北新幹線が八戸まで延伸された2002年12月に、目時を境にIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道に分割されて移管されている。最初、券売機で切符を買おうとしたのだが、盛岡までの切符は買えるのだが好摩までの切符は買えず、みどりの窓口で買った。

八戸から盛岡までの普通列車はIGRいわて銀河鉄道の車両で、2両編成だった。部活帰りの学生を中心にそこそこ席が埋まっていたが、だいぶ余裕がある。1両だったら辛かっただろう。向かいのホームには八戸線の列車が停まっていた。

八戸を出ると次の駅が北高岩。二人くらいが降りていった。この駅でいきなり7分も停車する。やれやれと思いつつ目の前にある新幹線なんかを見ていると、貨物列車が通過していった。しばらくして、こちらも動き出す。

高校生はさすがにどんどん降りていき、三戸までで全員降りていった。代わりに乗ってくる人は数人。三戸の次が二つの会社の境界にあたる目時である。それなりに注目をしてこの駅を迎えたのだが、単なる小駅だった。駅名標も青い森鉄道のもので、特に工夫はない。ただ、人家はそれなりに多いので、そこそこの利用客はいるのだろう。この列車に限って言えば、誰も乗り降りしなかったが。アナウンスによると「と」にアクセントがあるようだ。目時を出るとすぐにトンネルに入る。ここから岩手県ということになる。

岩手県に入って最初の駅が金田一温泉。有人駅のようだし、こちらを境界駅にすればよかったと思うのだが。金田一温泉からIGRいわて銀河鉄道の駅名標になる。白と青を使っているという点では、青い森鉄道のものと一緒だ。斗米から二戸までが二戸市の市街地にあたるようで、それらしい風景が続く。二戸には新幹線も停まる。駅も新しかった。この駅で少し乗客が増える。

新幹線の停車を機に名前を変えたいわて沼宮内を経て、列車は好摩に着。ここで降りる。私の他に数人が降りた。小雨が降っていた。

後書き

好摩からは後続のIGRいわて銀河鉄道に乗って盛岡に戻る。いわて沼宮内始発ということもあり、空いていた。盛岡に数時間滞在し、東北本線で花巻へ行き、そこから夜行バスで大宮まで行く。一旦帰宅してから仕事に出かけた。


初出 : 2004/08/19
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