九州とはいえ朝は寒い。今日もほぼ福岡県内をぐるぐるとまわる。
小倉行きの普通列車に乗る。ホームで列車を待っていると、ちょうど博多行きの特急列車[かいおう]が入線してきた。車体には「TSUBAME」と書かれていた。
朝もやの中を列車が走る。新飯塚から16分で直方に着。主要駅にしては乗り降りが少なかった。
直方からは平成筑豊鉄道に乗る。糸田線、伊田線、田川線をJRから移管した第三セクターである。伊田線、田川線に乗って行橋まで行く。行橋まで行く列車は少ない。その前に田川後藤寺行きの列車が発車しそれを見送ったが、客が一人もいなかった。この行橋行きは客は7人だった。
南直方御殿口でいきなり一人が降りていく。筑豊本線と別れ、遠賀川を渡って東南へと進む。ローカル第三セクターには珍しく複線である。かつての石炭輸送の名残であろう。今では、石炭を含め貨物輸送は行われていない。早速直方行きとすれ違った。
途中、何人か客が乗り降りし、糸田線の分岐駅である金田に到着。分岐駅だけあって駅規模は大きい。二人が乗ってきた。ここから田川伊田に向けては乗客が多くなっていき、田川伊田に着くと客が減った。ここで20分停車。列車番号も変わるようだ。路線名も変わるように、田川伊田が一つの区切りとなっている。朝方はぐずついた天気だったが、だいぶ晴れてきた。
田川を過ぎると添田線の遺構らしきものが見えた。平成筑豊鉄道になって伊田線に上伊田駅ができたが、添田線にもその近く上伊田という駅があった。内田のあたりからだいぶ山がちになってくる。
犀川のあたりから人がだいぶ乗ってきて、行橋に着く頃には立つ人もでてきた。行橋は高架の駅で、さすがに本線の駅だな、と感じた。
行橋から小倉行きの普通列車に乗る。4両編成。行橋から乗る人も多く、既に乗っている人も多かったため、立って乗った。休日のこの時間に小倉に行く列車だから仕方がないだろう。
沿線の風景にもさすがに人家が多く見える。乗る人も多い。苅田で特急通過待ちなどを行いつつ、城野で下車。ここで降りる人もそれなりにいた。
添田行きの普通列車に乗る。2両編成で車内に余裕があった。日豊本線とうって変わって、沿線の人家も少ない。延々と南に下って、香春に到着。異様な形の香春岳が見える。
本来であればここで添田線に乗って添田まで行くというのが最長片道切符の旅のルートである。しかし、添田線は廃止されている。香春から添田まで行くバスというのもない。そういうわけで、一旦香春で下車して、その後は日田彦山線で田川伊田まで行き、そこからバスで添田まで行くことにした。結果的に田川伊田を二度通っていることになるが、これは今まで何度かあったことなのでよしとする。
その香春であるが、駅前の駐車場には多くの車が停まっていた。何事かと思ったら、「ふる里かわら秋まつり」なる祭りをやっていた。祭りには多くの人が集まっていた。他にも、「JR九州ウォーキング」という企画をやっていて、参加者がゴールであろう香春駅前で、参加賞だと思われる米を受け取っていた。
ウォーキング参加者が多くいて、50人ほどが香春駅から乗ったが、もともと空いていたので座ることができた。とはいっても、二駅で下車する。この列車、田川後藤寺行きのはずだが、「ワンマン夜明」と書かれた紙を貼ってあったので、夜明までいったのかもしれない。
伊田からバスに乗る。大任経由の添田行き。既に3人乗っていた。私ともう一人が乗った。次のバス停で2人が降りた。
下今任のあたりから旧添田線のルートになる。彦山川に沿って進む。この川ではしじみが獲れるらしい。途中で人が乗ったり降りたりで終始5人くらいの客がいた。
彦山川と離れると添田町内に入る。終点添田は西鉄バスのターミナルになっていた。駅からは少し離れている。
添田駅には駅員がいた。夜明経由で博多までの切符を買う。併設の物産館のようなところでソフトクリームを買って食べた。晩秋ではあるが、けっこう暑く、少し歩いて冷たいものが食べたくなった。
添田駅は1番線が欠番で2番線、3番線が島式ホームの両側にある。1番線は添田線が発着していたのだろうか。本屋とホームがやけに離れているのも、その歴史に依るものだろう。来るはずがない田川後藤寺行きの列車が来て驚いたが、この列車は臨時らしい。しばらくして私が乗る日田行きの普通列車が来た。1両編成。添田から乗ったのは私だけだが、降りた人はそこそこいた。
香春でウォーキングイベントがあったことは既知だったが、この日は日田彦山線沿線で同様のイベントを行っていたようだ。筑前岩屋でもウォーキングの幟が立っていて、乗る人降りる人ともに多かった。ここで乗った人は次の大行司でこぞって降りていった。宝珠山にもウォーキングの幟が立っていて、乗ってくる人が多かった。このイベントのために臨時列車が走っていたのだろう。この列車も普段はそれほど混まないのだろうが、今日に関しては混んでいる。それならば1両でも増結すればいいと思うのだが、無理なのだろうか。
杉林の合間を抜けて走って、大鶴から大分県に入る。県境を越えたという感はあまりなかった。久大本線との分岐駅である夜明で下車。二十人弱の人が降りた。中高生っぽい団体が多数を占めている。私と同様に久留米行きに乗り換えるようだ。
日田から来た久留米行きの普通列車に乗る。1両編成だった。全ての座席が埋まるというほどではないが、それなりに混む。先が思いやられる。
南側には筑後川が流れているが、視界をブラインドが遮っている。北側には高速道路の足が見える。その筑後川を渡るとまた福岡県に戻るということになる。
うきはでは中年女性の小団体が乗ってきた。座席はほぼ埋まった。筑後草野では対向の特急列車が遅れているということで、3分間余計に停車。徐々に乗客は増えていったが、久留米大学前や南久留米でも少し降りていった。終点久留米にはほぼ定刻に到着。
久留米からは門司港行きの快速列車で一気に博多まで行く。6両編成。久留米から乗る人はかなり多かったが、跨線橋から遠くて人もまばらな先頭車両に乗って座席を確保する。鳥栖、基山は福岡県を離れ佐賀県の領域に入ることになる。鳥栖スタジアムの立派さや立地の良さには目を見張る。こんなにいいスタジアムを持っているにも関わらず、チームの存続も危ぶまれていた。
原田はいつの間にか快速が停まるようになっていた。筑豊本線との分岐駅、というのは関係ないだろう。東側にはだいぶ住宅が建っている。二日市で普通列車と接続する。向こうはだいぶ空いていた。こちらに乗り換えてくる人もそこそこ。
ここまで勢いよく進んでいたのだが、次が博多という南福岡で特急列車の通過待ちで7分間停車する。博多まで逃げてくれ、と思うが、これも特急銀座のさだめか。最後の走りで博多に着。博多でこの列車を待っている人は多かった。
この後は天神に寄り道して、福岡空港に向かい、そこから飛行機で東京に戻った。